『オルフェウスの竪琴 』
むかーしむかし、あるところに、オルフェウスというそれはそれはたいそうな腕前の琴弾きがおりました。オルフェウスが琴を弾けば、たちまち森の動物たちが集まり、草や木でさえも、その演奏に耳を傾けたといいます。オルフェウスは妻のエウリュディケと一緒に、琴を弾き歌を歌いながら毎日幸せに暮らしていました。
ところが、ある日のことです。エウリュディケに一匹の毒蛇が忍び寄りました。
「するーり、するり、する、するり…」
毒蛇はエウリュディケの足元こっそりと近づくと、えいや!とばかりに噛み付いてしまいました。
「きゃああ!!」
なんということでしょう! 毒蛇の猛毒のせいで、エウリュディケはたちまち死んでしまったのです。
「エウリュディケ!!エウリュディケーーー!!」
オルフェウスは必死で叫びました。しかし、エウリュディケが目を開けることは決してありません。
「おお!…愛するエウリュディケが死んでしまった。これから私は何を支えに生きていけば良いのだろう…。」
オルフェウスはすっかり悲しみに暮れてしまいました。すると、そのときです。
「元気を出して、オルフェウスさん」
「……この声は…?」
オルフェウスが目を向けるとそこには、お星さまの飾りの着いた服を身につけ、緑のとんがり帽子をかぶった、小さな女の子が立っていました。
「きみは一体…?」
「私はマーヤ。星の妖精です。」
「マーヤ?星の…妖精…?星の妖精が、一体どうしてこんなところに?」
「悲しみに暮れているあなたを見ていると頬っておけなくって、空から降りてきました。オルフェウスさん、どうか元気を出してください。」
「けれど…愛するエウリュディケはもういないんだ。元気になんてとてもなれないよ…。」
「一つだけ…方法があるわ…。」
「どういうことだい? まさか、エウリュディケを、生き返らせることが出来るっていうのかい?」
「ええ…でもそれは、とても危険で恐ろしい方法よ…。」
「エウリュディケを救うことができるなら、恐ろしいことなんて何もないさ。マーヤと言ったね。私に教えてくれないか、その方法とやらを。」
「わかったわ。死んでしまったエウリュディケさんは、今は死者の国にいます。だから、死者の国の王、ハデスに頼めば、エウリュディケさんを取り戻すことができるかもしれない…。」
「ハデス…。ハデスに会えば、エウリュディケを救うことができるのか。わかった。ならば行こう! 死者の国へ、ハデスの所へ!」
こうして、オルフェウスはマーヤとともに、死者の国を目指しました。大きな川を渡り、険しい山を越えて…。それはとても長い道のりでしたが、やっとの思いで、とうとう死者の国の入り口にたどり着いたのです。
「この先が死者の国か……。エウリュディケ、待っていてくれ。ハデスに頼んで、必ずお前を生き返らせてやるからな…。」
そのときでした。
「ガルルルルルルルル!!」
オルフェウスの目の前に、3つの頭を持った恐ろしい犬の怪物が現れたのです。
「ガルルルルル!そこの貴様!貴様は生きた人間だな!どうやってここまでたどり着いたかは知らないが、ここから先へ生きた人間が進むことは許されないのだ!!今すぐ立ち去れい!さもなくば俺様のこの自慢の牙でギッタギッタにしてやるぞ!ガルルルルル!」
「な…なんと恐ろしい化け物だ!マーヤ、こいつはいったい…!?」
「地獄の番犬、ケルベロスだわ!とても凶暴な犬よ。戦って適う相手じゃないわ。どうしましょうオルフェウスさん!」
「ここまで来て、引き返すわけにはいかない。それに戦うことはできなくても、私にはこれがある。」
するとオルフェウスは自慢の琴を手に取り、美しい音楽を奏で始めました。
♪ポロン…ポポロン…ポロリン…♪
「すごい…なんて素敵な音楽なの…」
「ガルルルル…この音…なんだかとても気持ち…いい…ガルル…。ZZZZZZZ………。」
オルフェウスの竪琴が奏でる美しい演奏を聴くと、凶暴なケルベロスでさえもたちまち大人しくなって眠ってしまいました。
「やったわね!」
「ああ。これでハデスの所にいける!」
二人はさらに死者の国の奥へ奥へと階段を下りて行きました。そしてとうとうハデスのところまでたどり着いたのです。
「我が名は死者の国の王ハデス。生きた人間がいったいこの私になんの用なのだ。」
「おお…ハデスよ。私の妻エウリュディケは不幸にも毒蛇に噛まれて死んでしまいました。どうか妻を、エウリュディケを元の世界に還してやってください。」
「…なんと愚かな!!一度死んだものは二度と還らぬ。これは誰も逆らうことの出来ない運命なのだ。そのような願いは、断じて承知することはできん。」
「無茶なお願いなのはわかっています。ですが…どうか、この曲を聴いてください。」
するとオルフェウスは再び竪琴を取り出し、演奏を始めました。
♪ポロロン…ポロロン…ポロポロロン…♪
それは死んでしまったエウリュディケへの想いをこめた美しく、そして悲しいメロディでした。
「なんと…これほどまでに妻を思っているとは…」
その演奏のあまりの素晴らしさに、さすがのハデスも目に涙を浮かべて聞き入ってしまいました。
「どうかお願いです。エウリュディケをお返しください。」
「おまえの気持ちはよく分かる。しかし、こればっかりは聞き入れることが出来ない。そういう決まりなのだ。わかっておくれ。」
すると、ハデスの隣で一緒に演奏を聞いていたハデスの妻、ペルセポネも感動の涙を流しながらこう言いました。
「うっ…うっ…。あなた。いいじゃありませんこと。これほど心にしみる演奏をわたくしは聞いたことはございませんわ。」
「うーむ。お前がそう言うのなら…仕方が無い。」
「…そ…それでは、良いのですか!」
「ただし、そう簡単にというわけにはいかん。条件がある。お前はこれからエウリュディケを連れて死者の国を出なさい。ただし、地上にたどり着くまで絶対に後ろを振り返ってはならん。もし振り返れば、エウリュディケが地上に還ることは二度とないぞ。よいな。」
「わかりました。」
「それと、誰の助けも借りてはならん。マーヤよ、お前は先に地上へ戻って、この者を見守りなさい。」
こうして、オルフェウスは妻のエウリュディケを連れて地上を目指しました。愛しい妻の姿が見たくて、何度も後ろを振り返りそうになりましたが、グッとこらえて、ひたすら階段を登り続けました。
(がんばって!オルフェウスさん!)(マーヤ)
「おお!…あれは、地上の光…とうとうやったよ。なあ、エウリュディ…」
(だめよ!オルフェウスさん!)(マーヤ)
「しまった!」
なんということでしょう。地上まであともう少しというところで、オルフェウスは嬉しさのあまり、後ろを振り返ってしまったのです。そこには悲しい顔をした妻エウリュディケがいました。
「さようなら…あなた…。」
その一言だけを残して、エウリュディケは死者の国に連れ戻されてしまいました。
「エウリュディケーーー!!おお!ハデスよ!どうかお願いです。私にもう一度チャンスを!」
(……言ったはずだ。約束は一度だけ。破れば次は無いと。残念だがな。仕方あるまい。)
「うう…そんな…うあああ。エウリュディケ…エウリュディケ…!」
悲しんだオルフェウスは、食べ物もとらず、ろくに眠ることも出来ず、とても悲しいメロディを琴で奏でながら、あちこちをあてもなくさ迷い続けました。そしてその後、オルフェウスの姿を見たものは誰もいませんでした。
「……オルフェウスさんは、何処へ行ってしまったの…。エウリュディケさんとは、もう二度と会うことは出来ないのかしら………。あっ。」
マーヤがふと空を見上げると、そこには美しい星座が輝いていました。
「あれは…オルフェウスさんの、竪琴…?」
そうです。オルフェウスを哀れに思った神様が、オルフェウスの竪琴を天空にあげて、こと座にしたのでした。
こうして今では、毎年夏のころになるとオルフェウスは天空で美しい音楽を奏で続けているのです。愛する妻や、森の動物たちとともに…。
おしまい。
『オルフェウスの竪琴』キャスト&スタッフ
オルフェウス:M.Nakamuraエウリュディケ:S.Okubo
マーヤ:Y.Ogino
ハデス:Y.Hirose
ペルセポネ:A.Hara
ナレーション・へび:Y.Matsubara
ケルベロス:M.Kitta
舞台操作:
T.Fujimoto,T.Saito,K.Kanzawa,A.Okamoto
Y.Tokunaga,S.Kataoka,M.Umehara,Y.Nakagawa
音楽:H.Yamamoto
脚本・原画:M.Nakamura
制作:神戸大学天文研究会